2014年5月7日水曜日

ニワトリのヒミ子が亡くなった日

ヒミ子が亡くなったのは2014年の1月29日(水)で
次の日に私はその時の事を詳しく紙に書き残していました

そしてブログに載せるのは本日2014年5月7日(水)です
今でも想い出すと寂しく悲しく思いますが、
ヒミ子は本当に良い子なので今は天国で楽しくやってると信じています

ヒミ子は亡くなる数日前から足元がおぼつかなくなり、しずかの時の前例と似ていたので
旦那さんと「そろそろ寿命かもしれない」と言った話をしてはいたのですが

しかしそれとは別に、私は何か他に原因があるのではないかとも思っていたのです
寿命なら寿命で良いんですが、もし他に原因があるなら見逃す訳にはいかない、と思っていました

それにしてもタイミングが悪かった…
彼女が亡くなる前日と前々日はちょうど私達がちょっとした国際会議に参加する予定があり、夜がかなり遅くなるため朝しかコッコ達に会えなかったのです

27日はそれでもまだ旦那さんだけは夕方5時に帰って来られたので良かったのですが
28日は完全に2人とも丸一日外にいるので不安だったのです

29日だけ、私は少し休みがありました(自宅雑貨屋は開いていましたが)
お昼に数十分だけちょっとした資料館で会議のメンバーを迎える仕事がありましたが
それ以外はヒミ子に費やすことが出来ました

朝、いつもの様にコッコの小屋に向かい餌と水の世話をした後
旦那さんが会議に出勤し、私は覚悟しました
もし既にヒミ子が亡くなってたら、旦那さんがショックを受けると思いあえて確認していなかったのです

段ボールで作った巣箱に頭を突っ込んでるヒミ子を発見し
「ヒミちゃん、ヒミちゃん」と声をかけました

力なく振り向いたヒミ子を見て本当に嬉しかったのです
「ああ生きてる!」と思ったのです

そのままゆっくり抱っこして家に入れました
その時凄く驚いた顔をしていたのが印象的でした

まずこんな状態で…600Wのストーブも付けて当てました
 水と食べ物も用意しました
水は特に勢い良く飲んで、非常に嬉しかったのを覚えています

500mlの容器から皿に水を注いでいたのですが、何故か皿からではなく
注いでる容器の口部分のギリギリの所をめがけて勢い良く首を突っ込んで飲んだので
そんな個性的な所もヒミ子なんだなぁと嬉しかったのです
看病しながら私は他の病気の可能性がないかネットで調べていました
下痢みたいなフンをしている事もあり、『コクシジウム』と言う病気も疑いました

色々なサイトを見て、Twitterでもアドバイスを頂きました
ビオフェルミンはペットの整腸剤としても使えると言うのを知ったのは収穫でした

食べ物はニンニクが良いと書いてあったので、すりつぶしたり小麦粉に混ぜたりしましたが
みじん切りにしたニンニクをそのまま食べてくれた事は本当に嬉しかったです

今思えば具合が悪くて食べたくなかったかも知れないのに
気を使ってか勢い良く食べてくれました
本当に優しい良い子です

嬉しくて頭を何度もなでました
下にホッカイロを敷くと、ゴポッと言う音がしたので見るとヒミ子が水を少し吐いていて
「変な所を刺激してしまったか!?」と思い場所をずらしました

ネットで調べていた時、あるサイトからはヒヨコの鳴き声が聞こえるようになっていたのですが
その声にヒミ子が反応したのも可愛かったです
混乱させてはいけないと思い、すぐに音は消しましたが…

ふとヒミ子に目をやると、少し目を見開いた状態で首を伸び縮みさせました
なんだろう?と思いネットで調べようと思うと、また『ゴポッ』と言う音がし、
見ると目を半開きにしたまま左を向いて頭を下げるヒミ子が見えました
呼んでも撫でても動きませんでした
時刻は12時35分を少し過ぎたぐらいでした

私は覚悟は出来ていて、異論はなかったのです
でも信じられない気持ちでいっぱいでした
先ほどまで動いていて、生きていて、まだ卵を食べさせてなかったのに…

好物の卵を食べさせてやれなかったのは本当に後悔しました
1週間前くらいに元気がなかったヒミ子にだけ卵黄をあげましたが
もう一度食べさせてやりたかった…と非常に後悔しました

涙が止まらなく、また止める気も起きませんでした
ずっと「ありがとう」「ごめんね」と言い続けました
色んな思いが飛来していました
彼女は今日この日を選んで旅立ってくれたのでは?という風にも思えました

私は27、28日は国際会議に出席し、30、31日は夕方5時まで資料館の仕事がありました
そしてこの日29日も午後3時からは資料館にて少しの時間会議のメンバーを迎える仕事があります

後に思い返して、このタイミングで亡くなったのは奇跡に近いと思いました
この時はただヒミ子にすがりついて泣いているだけでしたが

私はヒミ子と居られて本当に幸せでした
でもヒミ子は?

もっと早くに家に入れれば良かったかも知れない、
本当に寒さ対策は出来ていたのか、
もっと早くに整腸剤を与えていれば、
誰かにお金を払って頼んで看病して貰っていたら…

彼女は幸せだったのか?とそんな事ばかりを考え
もう動かないヒミ子に泣きながら謝っていました

途中で家の電話がなり、出るとそれはこの家に来て1年と4ヶ月の中で初めての無言電話でした
この後現在までも無言電話は1回もありません

ヒミ子の元に戻り、私は更に謝り続けました

ヒミ子は元々養鶏所のニワトリで、いじめられるからと1羽だけ隔離されていたのです
養鶏所の方は「もう4歳だしタダでいいよ!」と言って無料で下さったのです
私はその時「この子は家に来たほうが絶対に幸せだ、幸せにしてやろう!」と思ったのです
彼女を幸せにしたい、我が家で楽しく過ごして貰いたい、他の子達と同様に愛情いっぱいに育てたいと思いました

でも、実際は幸せにして貰ったのは私達の方でした

1年も一緒に居る事が出来ませんでしたが、彼女と一緒にいた時間は本当に楽しくて
本当に愛おしく、本当に幸せにして貰いました
だから余計に後悔したのです

去年の5月22日にヒミ子は家に来ました
当時は私達もニワトリの知識が今より乏しく、キョロとおチビに追い掛け回されていたのに隔離する事もしませんでした
暑い日は本当に大変だったと思います、そして最期の日も、本当に寒い思いをして苦しい思いをして亡くなったのかも知れない…
そう思うといたたまれずにずっと謝り続けました

すると、その言葉を最後まで言わない内に
いつもは全くお客が来ない自宅雑貨屋にお客さんが来ました

先ほどの無言電話は彼らか?と思い「どこでこのお店をお知りになりましたか?」と聞くと
「いや、たまたま通りがかって…」と言われたのです
そんなお客さんが来るとは全く初めての経験でした
だいたい顔見知りしか来ないような店なので…

不思議な事もあるもんだと思いヒミ子の元に帰ると、更に不思議な事にヒミ子の顔が笑っているように見えたのです

ニワトリの嘴は弓なりになっていて、人間で言うと「への字口」みたいに見えるのですが
この時のヒミ子の顔は口角が上がり、アヒルの口のように笑って見え、半分開いてる目も何となく微笑んでいるように見えました

私は唐突に、先程からの不思議な出来事は全部ヒミ子が巻き起こした事ではないだろうか?と思いました
何故なら私が後悔していた時に限って不思議な事が起こったからです

私が後悔している事は、後悔しなくて良い事だとは思いません
でもヒミ子はそれでも「自分は幸せでしたよ」と言ってくれたのではないかと、
そんな風に思えてきたのです

時間も押し迫り、会議のメンバーも無事に迎える事が出来ました
次の日も資料館で仕事だったので朝から出勤し、ヒミ子をお墓に埋めたのはその日の夕方でした
朝、ヒミ子が居ない事に気づいたキョロとおチビとクロロが騒いでいたのが辛かったです

30日の夕方に旦那さんとヒミ子を埋葬しました
ヒミ子のお墓はしずかのお墓のすぐ隣に作りました

実は、しずかが無くなってから48日目の夜に(日付をまたいでいたら49日?)、私はしずかがお別れを言いに来たみたいな夢を見たのです
しずかが亡くなった時はヒミ子はまだ家に居なかったのですが、夢では全員が居た事が印象的でした
きっとお別れに来てくれたんだな、と思っているのですが、ヒミ子の夢は実は見ていないのです…
亡くなった直後、奇跡を2回も起こしたためにエネルギーを使い果たしてしまったのではないかと思っています(笑)

もうすぐヒミ子の1周忌だなと思いますが、今でもまだ悲しく思い出すと涙が出ます
でも天国で心配させてはいけないですから✧
これからもコッコたちと生活して行きたいと思います(*´ᴗ`*)






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